「占いって当たるんですか?」 「信じたほうがいいですか?信じないほうがいいですか?」 よく聞かれる質問だけれど、 正直に言うと、私はこの問い自体があまり好きじゃない。 なぜなら、 占いを“当たる・外れる”“信じる・信じない”という物差しで見ている時点で、 もう本質からズレていると感じるからだ。 占いには、 四柱推命や算命学のような占星術がある。 それが何千年前からあるのか、正確な年数は分からないけれど、 少なくとも言えるのは、 これは過去の人たちが人生の中で積み重ね、残してきた知恵だということ。 私は占いを、 「未来を当てる魔法」だとは思っていない。 ただ、 人生には流れがある。 これは、実感として確かにあると思っている。 だから私にとって占いとは、 信じる・信じないの対象ではない。 当たった・外れたと一喜一憂するものでもない。 占いは、 自分の人生の“絵図”を眺めるものだ。 もっと言えば、 人生という航海における「海図」のようなものだと思っている。 航海をしていれば、 台風もあるし、大雨の日もある。 波が荒れる日もあれば、 何事もなく穏やかに進む日もある。 でも、 海図を見たからといって、 台風そのものが消えるわけじゃない。 大事なのは、 その海図を見ながら、 自分がどう舵を取るか どんな心持ちで航海を続けるか そこに尽きる。 占いは、 「今日は運気が悪いから最悪だ」と落ち込むためのものじゃない。 「今日はいい運気だから何もしなくていい」と安心するためのものでもない。 あくまで、 自分がどう生きるかを考えるためのツールだ。 そして、これは少し厳しい言い方になるけれど、 占いを「当たる・当たらない」「信じる・信じない」と言い続けている人は、 そもそも―― 自分の人生の舵を、自分で握っていない。 人生の責任を、 他人に、占い師に、運命に預けてしまっている。 「占いがこう言ったから」 「運命だから仕方ない」 それは一見、楽に見える。 でも同時に、 自分の人生を生きる覚悟を手放している状態でもある。 人生の舵を握るのは、 占いでも、運命でもない。 自分自身だ。 占いは、 舵を取る代わりに操縦してくれるものじゃない。 ただ、 「今、自分がどんな海域にいるのか」 「これからどんな流れに入っていきやすいのか」 それを静かに教えてくれるだけだ。 どう進むかを決めるのは、 いつだって自分。
占いを見るかどうかよりも、 自分の人生の舵を、誰が握っているのか。 本当に問われているのは、そこだ。
