私のもとには、 「楽になりたい」 「癒されたい」 という相談が多く届きます。 一般的なカウンセリングは、 話を聞き、理解し、傾聴し、 その人の気持ちを整理し、 一時的に心を軽くすることを目的としています。 それはとても大切なことだと思っています。 ただ、私が行っているメンタリングは、 そこをゴールにはしていません。 私が見ているのは、 **心理の“深い構造”**です。 人は、生まれ持った性質だけで生きているわけではありません。 人生のプロセスの中で、無意識に価値観を作り上げ、 その価値観によって選択をし、 人生そのものを形づくっていきます。 たとえば、 青信号は進む、赤信号は止まる。 これは日本人にとって、ほぼ無意識の価値観です。 赤信号で渡れば、 「悪いのは渡った人間だ」という共通認識がある。 これは後天的に作られた無意識ですが、 社会で生きる上で正しく機能している 「良い無意識」の例です。 一方で、問題になるのは 自分を守るために作られた無意識です。 ・親を恨んではいけない ・弱さを見せてはいけない ・愛情を欲しがってはいけない こうした価値観は、 家庭環境の中で作られることも多い。 しかし、それだけではありません。 ・いい学校に行かなければいけない ・いい大学に行かなければいけない ・いい会社に勤めなければいけない こうした価値観もまた、 時代背景や社会の空気の中で、無意識に植え付けられたものです。 それを疑う余地もなく、 「そうでなければ価値がない」 「外れたら人生が終わる」 と信じ込まされてきた人も少なくありません。 私は、その無意識が 人の人生を壊していく現実を、実際に見てきました。 私の同級生に、 中学生の頃、常に学年1位を取っていた 非常に優秀な人間がいました。 彼は、 いい高校に行き、 いい大学に行き、 いい就職先に入りました。 そして、20代で心を壊しました。 30代後半で再会した彼は、 地元で昼間からワンカップを飲み、 管を巻き、 同級生とは思えないほど老け込んだ姿をしていました。 彼は、 植え付けられた常識を全うしようとして、 心を壊してしまった最悪の例です。 また別の人間は、 超一流中学、超一流高校、 東京大学、東京大学大学院まで進み、 最終的に電車内で痴漢をし、 新聞に載りました。 これは、頭が悪かったからでも、 努力が足りなかったからでもありません。 心の歪みが行き場を失い、 歪んだ形で噴き出した結果です。 どんなに 「頭がいい」 「優秀だ」 と言われていても、 心の構造を理解できない人間、 心の声を聞けない人間は、 人生で大きく失敗する可能性があります。 逆に、 大きなお金を稼がなくても、 世間的な成功を手にしなくても、 人生を豊かに生きている人は、たくさんいます。 問題は、能力ではありません。 心の構造です。 自分を守るために作られた無意識は、 恋人への依存、 お金への執着、 他人を蹴落とす行動、 自分を大きく見せる態度となって現れます。 それは、必死に自分のコアを守っている証拠です。 だから私は、それ自体を否定しません。 ただし、 それは根本的な解決ではありません。 機能しているうちはいい。 しかし、それが使えなくなった瞬間、 人の心は一気に壊れていきます。 一番つらいのは、 それまで自分を守ってきた方法が 通用しなくなった時です。 だから私は、 無意識の意味づけを変え、 選択肢を増やします。 これが、私のメンタリングです。 ⸻ 私がメンタリングをやる上で、 一番大切にしているのは **「どんな人か」**という点です。 ここがないと感じた人とは、 クライアントであっても、 人間関係の中でも、 私は距離を取ります。 逆に、 今がどんなに愚かな生き方でも、 ここがある人は、絶対に見捨てません。 ・言い訳をしてもいい。それでも前に進もうとしているか ・自分のダメさを、自分の問題として認められるか ・同じ失敗でも、学習が入っているか ・罪悪感や良心がきちんと働いているか ・人の優しさを利用せず、依存しないか 向き合う人は、必ず罪悪感を持ちます。 逃げる人は、それを怒りや正当化に変えます。 私が最も嫌うのは、 被害者ポジションに居座ることです。 「私は悪くない」 「周りが悪い」 「環境が悪い」 「世の中が悪い」 言葉だけの反省で行動が変わらない人。 感情で人格が変わる人。 嘘を学びに変えられない人。 逃げを正当化するために他人を悪者にする人。 こういう人とは、関わりません。 一方で、 真剣に変わろうとしている人、 学び、成長し、生きようとする人は、 私は絶対に見捨てません。 それは、 私が偉いからでも、 先生だからでもありません。 私が、 その構造を知っている人間だからです。 私は、 ずっと先生でいたいわけでも、 師匠でいたいわけでも、 偉いポジションに居たいわけでもありません。 人はすべて役割で生きています。 一人で完結できる人生や社会はありません。 だからこそ、 人間としては、誰とも対等です。 今がどんなに未熟でも、 力が足りなくても、 私は人を見下しません。 その人が大きく成長することを、 心から望んでいます。 ⸻ 最後に、私自身の話をします。 私はずっと、空虚感の中で生きてきました。 努力もしたし、見栄も張った。 いい車に乗り、ブランド品も買いました。 でも、そこには何もありませんでした。 私は子どもの頃から、 自分という存在に価値がないと感じていました。 幼少期の愛情不足から来るものです。 小学校で 「全校生徒385人」と言われた時、 この385人の中に、 本当に自分は含まれているのだろうか。 そんなことを考えていました。 中学・高校では、 部活で結果を出すことで自分を保っていました。 それがなくなると、 少し道を外れたこともあります。 それでも、 誰かに必要とされたい。 自分の存在価値を示したい。 仕事で努力し、 お金を得ることで 自分を肯定しようとしました。 そして、気づいたのです。 自分の価値は、外にはないということに。 心理学と真理を学んだことで、 自分の思想が形になりました。 だから、苦しんでいる人の気持ちが分かります。 過去の私は、愚かで、惨めで、情けない人間でした。 ただ、答えが分からなかっただけ。 ロードマップが見えなかっただけです。 だからこそ私は、 そのロードマップを 自分で作れる心の構造を再構築することを、 自分の使命だと思っています。 ⸻ 私は、癒すこともします。 一時的な依存も、受け入れます。 人は、弱っている時、 誰かに寄りかかることが必要な瞬間があります。 それ自体を、私は否定しません。 ただ、私が最終的に望んでいるのは、 その人が依存から抜け出し、 自分の足で、地に足をつけて 人生を再出発できることです。 誰かにすがらなくても、 答えを外に求めなくても、 自分で選び、自分で立ち、 自分で歩けるようになること。 癒しは、目的ではありません。 再出発のための通過点です。 心の構造を見直し、 意味づけを変え、 選択肢を取り戻す。 それが、私の役割であり、 この仕事をしている理由であり、 私自身の使命です。
