自己重要感に満たされていない人

おとといの金曜日、新宿駅で殺人予告をツイッターでしていたということを聞きました。

もちろん、その後の報道でそのような、騒ぎが無いので、事件にはなりませんでしたが・・・・・

前回の秋葉原無差別殺傷事件もそうですが、こういった方たちには、

やはり、自己重要感が満たされていないのだと感じます。

自己重要感とは自分自身の存在価値です。他人に承認されていない

また、会社や友達などの間でも、自分がいてもいなくても良いと自分自身で勝手に思ってしまうのです。

誰にも必要とされない人など居ないのにね。

もちろん、こういったことをする人間たちのも問題はありますが、

自己重要感を感じられない社会全体にも問題があるように感じます。

昭和の時代、物質的には豊かでなかったかも知れませんが、心の豊かさは、

今の時代より、何倍もあったように思えます。

「心」を大事にできる社会を私自身も社会人の1人として、

作り上げるお手伝いをしていきたいと思っています。

今後の社会が、本当の豊かさを取り戻せるように願っています。

景観が崩れていった街

2年前に施工したお宅にお伺いしてみると・・・・

すごく残念なことが起きていました。

弊社が塗ったそのお宅はすごく綺麗で品のあるお家で、

我ながら素晴らしい工事をするなと関心しておりました。

その方のお家は住宅街で、周りのお家も塗り替えをしているのですが、

まるで子供がクレヨンで塗りたくったような、色と品のなさ。

このような景観の中、お客様はどのような気持ちなのかなと考えてしまいました。

その住宅街はある訪問販売会社がメインで塗装工事を受注しています。

先日もそこの営業が弊社の営業に話しかけたそうです。

内容は受注数の自慢です。全く羨ましくない自慢です。

だって、私たちとは、全く志が違います。契約を取ることがゴールではないからです。

仕事をさせて頂き、お客様が満足するサービスを提供できたときに

私たちはこの仕事をやっていて良かったと思います。

契約がゴールの会社には、一緒に色選びをするという気持ちや丁寧な仕事をする気持ちはきっと

ないのでしょうね。私たちの仕事は街並みすら変えてしまう、重要な仕事だと改めて感じました。

あ~ぁ、あそこの住宅街を私たちで工事が出来ていたらな~。

あんなに悲しい気持にはならなかったのに。

貢献のない会社の恐ろしさが分かった出来事でした

 

幸せの呪文

先日ある方と話をしていました。

その方と話をしていると、こんなことを言っていました。

「最近、その辺を歩いていて、すれ違った人の幸せを願うようにしている」と

私は最初「ふぅ~ん」という感じで、さすがに「全くの他人の幸せは願ったことがないな~」

と思い聞いていました。

もちろん、社員や家族、友達などかかわった方の幸せを願うことはありますが・・・・・

そんなことを、頭の隅っこにおいて、スポーツジムに行くと、

スタジオに100人以上、トレーニングされる方がいました。

その時、その話を思い出し、この方たちが幸せになれますようにと心の中で願ってみました。

すると、私の頭に一つの疑問が・・・・

「ここにいる方たちが全員幸せになったら、この方たちに関わる人たちも幸せになって、

すごいことが起きるぞ!!」と思うと、すごくわくわくしてきました。

なるほど、他人の幸せを願うことが自分の幸せになる。

心がわくわくし、心が豊かになれる。

すごく良い話を聞いた気がしました。

手軽で、お金もかからなく幸せな気持ちになれる。

ぜひ、皆様もやってみてください。